#1  発動編 2001/5/11



あれは小学校1年生の給食の時間。

その日の献立は「うどん」でさ。袋づめのうどんにしょっぱい汁をかけてもどす、今のグルメな自分だったら、とうてい食せないようなシロモンなんだけど、まだ幼かった当時の俺らにとっては、そんな犬の餌みたいなモンが、えらくたいそうなゴチソウに感じられてたんだよ。

善悪の区別なんかつかない年齢だったからね。

そのうどん、というメニューに浮かれたのか、クラスでもひょうきん者で通ってたサトウコウセイくん、ってのが、おどけて教室中走り回ってたんだ。
即興で作った替え歌みたいのを歌いながら。

で、教室だけで、やめときゃよかったのに、調子に乗って廊下にまで飛び出したお陰で、丁度その日のまかないを運んでいた給食係りに突っ込んで、しょっぱい汁が入った、でかいバケツを引っ繰り返しちゃったんだよ。
廊下に広がる汁!汁!汁!

そしてそれに誘発され、大雪の日の高速道路の玉突き衝突事故みたく、全5クラスの給食係が次々すっ転んでゆく。

結果、約40(人ぶん)×約2(杯ぶん)×5(クラスぶん)のしょっぱい汁が大洪水のようにみるみる廊下に溢れるという大惨事に。
事の重大さに気づいたサトウくんは、現場から逃げ出そうとしたんだけど、運悪くその場にいあわせた、校内一おっかないササキショウジ先生に捕まってしまう。
それでもなお逃げようと抵抗するサトウくん。

ササキ先生は暴れるサトウくんを抱え上げ、持ち上げる、と、その瞬間、ツルツルと滑るしょっぱい汁に足を取られ、ササキ先生がその場で尻餅をついた!
サトウくんの頭は先生の股にすっぽりはまってそのまま垂直落下。

その形はまさにドリル・ア・ホール・パイルドライバー。

奇麗に脳天を床に叩きつけられ、泡を噴き始めるサトウくん。

取り乱し「サトウ!起きろ!まだ給食の時間なのに!」と叫ぶササキ先生−−−これが俺の幼き日の原体験。

この事件が今日の俺という人間を形成したのは言うまでもないだろう。

今回から始まったこの連載では、俺がまだ幼かった頃に遭遇した様々な事件を紹介して行きたい。この連載に目を通す全ての人達に、俺の遺伝子を組み込んで行く為に。

え?ところで俺は誰なんだって?

そうだな、大川興行所属の最凶漫才師とだけ言っとくよ。
他にも色んな事業やってるけど、後はおいおい明らかになってくだろ。

そんな感じで、また次回の「ドリル・ア・ホール・パイルドライバー!まだ給食の時間なのに!」で会おう!アディオス!


 #2  郷愁編 2001/5/20



俺の地元の青森では、冬になるとそのあまりの豪雪のために家一軒が雪の中に埋没しちゃうなんてのはざらにある話でさ。
雪かたづけをしてて行方不明になったおじいちゃんが、春になって雪に埋もれてたのを発見されるってのがちょっとした風物詩だったりすんだもん。

今回はそんな美しくも恐ろしい真冬の青森でおこったお話。
 
小学校2年生の頃かな。当時同じ町内に、毎日一緒に我校に通っていたスドウアキちゃんって同級生がいたんだよ。
俺もいっちょ前に淡い恋心なんか抱いててさ。
でも俺もまだ若いから歪んだ形でしか愛を表現できないじゃん?
例えばアゲハの幼虫(黄緑色のボディでくさいツノを出す、目玉模様のついた一番でっかい時期のやつ)を、アキちゃんの帽子の内側に5〜6匹這わせて、それを無理矢理かぶしてワンワン泣かしたりしてたもん。
みんなもそんなことしったでしょ?

でもなんで俺あのとき勃起してたんだろ?
 
まあそれはさておき、俺の小学校の通学路の途中に若干大きめのサイズのドブ川があってさ。それが冬になると真っ白な白銀の絨毯に覆われて、どこがドブだかわかんなくなるんだよ。
そんときアキちゃんは新品のドド靴(青森の方言で長靴の意)をお父さんに買ってもらってごきげんでさ。わざと雪深いとこを歩いては新雪に足跡つけて大はしゃぎしていた。

と、そのとき今までうかれてクルクル回ったりしてたアキちゃんが一瞬にして俺の視界から消えた。天然のブービートラップにはまりドブに落ちたのだ。

水量こそ死に至るほど深くはないが、子供が一人でよじ登れるほど浅くはない。
鶏が締め殺される様な声で泣き喚くアキちゃん。
幸い大人が泣き声を聞き駆けつけてくれて、すぐにアキちゃんはドブから助け出された。
だが!ドブから這い出たアキちゃんには、なんだかよくわからない様々なものが全身に付着していて、あげく口や鼻からもドス黒いうどん状の軟固形物が垂れ下がっており、もはやあのいとおしかった面影はどこにもなかった。
その後、アキちゃんは自宅に送られていったが、汚泥まみれの真っ赤なランドセルはなぜかうちのクラスに届けられた。

泥にまみれた赤いランドセルは、洗ってもなお南米産のドクガエルのような色彩を放ち、小学生だった俺たちは当然のようにアキちゃんに「スドブ」というアダ名をつけた。

「スドウ」と「ドブ」と「ドブス」がミクスチャーされた、幼稚だが秀逸なアダ名だ。

「スドブ」は見事に定着し、中学を卒業するまでアキちゃんは「スドブ」と呼ばれ続けることになった。

人生に「if」はない。

しかし俺は思う。
もしあのとき、彼女がドブにさえ落ちなければ俺は彼女を愛し続けることができただろうか?
せめて、せめてドス黒いうどん状の軟固形物が口や鼻からはみ出してなかったら・・・
すべては昔の話だ。
ただ一つ言えるのは。
なんであのとき俺は勃起してたんだろ??


 #3  明星編 2001/6/3

あれは小学校3年生になりたての頃だったかな。

級友3人との学校帰り。
俺らの前を「積み木とかすべり台とかでっかい三角定規が教室に置いてある、みんなと違う学級のちょっと愉快な彼」が歩いていた。
ほら、小学校低学年の世界ってのは常に良識に疎いでしょ。

人権意識が希薄な子供だからさあ、そんなの見かけようもんなら速攻ネタにすんじゃん。
案の定、一緒に帰ってたトヨシマヒデアキくんが「ちょと愉快な彼」を追い越して、形態模写を始めたんだよ。
倫理観という概念がまだ芽生えてない俺らは、トヨシマくんのユーモラスな振る舞いを見て、ドリフで志村けん見るみたく屈託なく喜んでた。まあしょうがないよ、子供だから。

その瞬間。

「おめんど!なにマネじゃんだ!」
(津軽弁で「お前ら!なにを真似してるんだ!」)という怒声が響き、向こうから、還暦はとうに過ぎてんのに肉ばっか食ってそうな、やけに血色のいいジジイがすんごい形相で走ってきた。
「ちょっと愉快な彼」を揶揄する子供たちを見つけて、正義感にかられたんだろうね。
そりゃ良識のある大人なら至極当然の行為ですよ。
俺らも瞬時に「やばい!怒られる!」と悟って肩をすくめた。

しかし!

やはり事実は小説よりオモチロワールドだ。
なんとジジイはトヨシマくんを素通りし、何をどう勘違いしたのか、御本家の「ちょっと愉快な彼」の方を張り倒したのだ!

宙に舞う黄色の通学帽。

コピーの演技がオリジナルのたたずまいを上回ったのか?
それとも逆説的に、オリジナルがコピーに近づいたのか?
どちらにしても、あまりに早とちりなKO劇。
いったい何がおきたのかわからず、放心状態の「ちょっと愉快な彼」重大な過ちに気づき、これ以上ないうろたえかたを見せる「肉食翁」
 
さすがに俺らも見てはいけないものを見ちゃったような気持ちになって、蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ出した。

振りかざしすぎた正義ってのは、ときとしてカタストロフィーを産み落とすことを、子供なりに学習した。
確かに、今語るには倫理に欠けた話だ。その反面、あまりにポップな話でもある。
 
俺らが逃げ去った後、2人はどうなったのか?
20年近くたった今でも興味が尽きることはない。

証拠隠滅・・・
証拠発覚・・・
民事訴訟・・・
百年裁判・・・
一転示談・・・
奇妙な絆・・・
養子縁組・・・
幸福親子・・・
ある朝突然・・・
第2ラウンド勃発・・・

勝手な妄想は永遠に続く。
だが。
話の行方はもう誰にもわからないのだ。


 #4  伽藍編(前編) 2001/6/18



田舎の夏休み。

辺境の地に住む子供たちの一日は、すべてがラジオ体操から始まる。
朝っぱらから町内ごとにどっか一ヶ所に集められて、大人に体操を強いられる。これってある種のSMだと思うよ。

ラジオ体操第2がまたトリッキーなふりつけだろ?
あんなの屋外でやらされるってのは、ノーズクリップで豚っ鼻にさせられ苦悶の表情を浮かべる己が顔を、衆人にさらされてるのと一緒だよ。
ラジオ体操第2だけは人に見られるの恥ずかしかったもん。
あれ完全に羞恥プレイだよな。そりゃ幼いとはいえ勃起もするって。

まあそれはどうでもいいんだけど、夏休みのラジオ体操ってカードにスタンプ押してもらうじゃん。
で、俺らんとこだと皆勤賞達成すると、当時街に一軒だけあったモスバーガーのポテト(S)がタダでもらえるっていう特典があったんだよ。
そんなの今の俺らに例えたら、イメクラ行ってオプションのポラ撮影(2枚撮影で2000円)が無料になるようなもんだからね。
子供がそんなエサを鼻先にぶrさげられたもんだから、狼が牙を抜かれ肥え太った豚になるかの如く、毎日俺も従順にラジオ体操に通ってた。

ただ一つここで困ったことが起きたんだよ。

ちょーどラジオ体操の時間帯に「ウルトラマンA」の再放送が始まっちゃってさ。
子供だからポテトもタダで食いたければ「ウルトラマンA」の超獣も気になる、そんなのどっち選べばいいかわかんないじゃん。

ただ、ここで俺らの町内のスタンプ係がヨボヨボのお婆ちゃん、タシロトラさん87歳だったってことが幸いした。

トラさんはその高齢の為、俺らの「体操が終わる、並ぶ、スタンプ押してもらう、また最後尾に並ぶ、再度スタンプを押してもらう」というトリックにまったく気づかなかったんだよ。
トラさんは何回並ぼうと、文字通り判で押したようにスタンプを押してくれてさ。
「ウルトラマンA」は毎週月〜金だったから、俺らは土曜日に一週間ぶんのスタンプまとめて押してた。

子供心に「落後の『時そば』みたいなことってホントにあるんだなあ」的なニュアンスで感動してたもん。
まあご老体だったし、半ばボケ始めてたんだろうけどね。

トラさんは期間中、毎朝ちゃーんとラジオ体操もやっててさ。一生懸命老骨に鞭打ち、ちゃんと音楽に合わせて体操してたもんなあ。
まあ体がついてこないから、その動きはさながら「バタリアン」に出てくるタールマンに生き写しだったけどね(お、ババァがゾンビに「生き写し」とはこれいかに)

ポテト無料に目がくらみ、そんな公文書偽造まがいの日々が続いた夏休み。
こんな良質のほのぼのコメディーに近づきつつあった、凄まじいエンディングの足音に、さすがの俺もまだ気がついていなかったのだ。

(つづく)


 #5  伽藍編(後編) 2001/7/11



小学校、夏休み最後の日。

今日、早朝ラジオ体操の最後のスタンプを押してもらえば、モスバーガーでポテト(S)が無料で手に入る。
心踊らせていつものホームセンターの駐車場に到着した俺。

しかし、ここで予期せぬ事態が待っていた。

今までさんざんズルしたから、ちょうど土曜日だし最後くらいはちゃんと体操しようよと良い子ぶった俺らが甘かったのか、待てど繰らせどスタンプ係のトラさんが現場にこないんだよ。
結局その日、代わりの大人もこないまま体操はお開きになった。

他の子供たちは明日から始まる新学期に備えるべく、三々五々次々と解散していったが、俺らは納得できずにその場に居座った。
だってこのままスタンプ押してもれなかったらポテト(S)無料がおじゃんになっちゃうんだぜ?
だからなんとしてもスタンプを押してもらうため、俺らは有志数名でトラさんの家におしかけたんだよ。
道中、ポテト談義に花を咲かせながらtどりついたタシロ邸。

そこで俺らを出迎えたのは、玄関に張られた「忌中」の文字。

でも幼い子供だからね、そんなまだ習ってない漢字なんか読めないから、家にズカズカ上がりこんで、スタンプ押してくれって頼んだよ。
街金融の取り立てだって遠慮するよーな状況だよ、普通は。
このクソ忙しい最中に遺族の方がスタンプ探しにおおわらわ。
結局見つからなかったんだけどさ。

スタンプの在りかは冥土までトラさんが持ってっちゃった。

俺らもポテト食い損ねた。

そんな夏の日のほろ苦い思い出。

でも一つだけ、今でも抱いている疑問がある。
ラジオ体操は健康目的の運動でしょ。
体にいい体操ってのが大前提であるわけじゃん。
トラさんは毎朝ラジオ体操やってたんだよ。
ラジオ体操ってホントに体にいいのかな?
あれが死因だってこと考えられない?

「タシロトラ(87)死因・ラジオ体操」

ただここで重要な問題は、はたして致命傷になったのはラジオ第1なのか、それとも第2なのかということではないか。
俺としては、ラジオ体操第2におけるあのトリッキーな動作から誘発されたポックリ死を有力説としてあげたい。
ラジオ体操第2こそ、諸悪の根源である!
俺が参院選に立候補したときは、ラジオ体操第2の完全廃止を制作に打ち出す方針です。


 #6  空虚編(前編) 2001/7/23



どじょっこだの、ふなっこだの、間引かれた赤ん坊だのがわんさといる田んぼは、田舎の小学生にとってかっこうの狩場なのである。

小学校3年の夏休み。

友達数人で田んぼに遊びに行った。

その日、俺らは三学区程離れた未開の田んぼに、ザリガニの一大生息地があるという情報をキャッチし、麦わら帽子にランニングに半ズボン、バケツに虫とり網というフル装備で、その幻の大秘境を目刺し、チャリンコを走らせていたのだ。
みんなまだ見ぬザリガニに期待に胸を膨らませ、エネルギッシュにペダルを漕ぎまくり、中でも長屋住まいのウジタマキオくんは、錆びて真っ茶色のボロボロのママチャリを操りながら、とびっきりのハイテンションでハイウェイ(農道)をかっとばしていた。

道中、お婆さん一人で経営してる駄菓子屋でアイスを万引きなどし(当時の青森の小学生は「万引きは見つからなければセーフ」というローカルルールを適用していました。現在は罪に問われると思うのでご注意のほどを)たっぷり1時間半かけて、ようやく件の田んぼに到着した。

いざ、目の当たりにした噂の漁場は、田んぼというよりは沼といった様相で、ザリガニよりも河童が出てきて尻子玉を抜かれそうな雰囲気が充満していた。
俺らは足を踏み入れるのを躊躇していたのだが、アッパー状態のウジタくんは泥にまみれるのもなんのその、奇声を発して何にも臆せずに田んぼインした。

俺らは長屋で育った男の土性っ骨に感心していたその時、飛び込んだときとはまた違った奇声をウジタくんが発したのだ。

見るとウジタくんはズブズブと田んぼに吸い込まれていく。

思いのほか、泥が深かったのだ。

気が動転したウジタくんは「ま行」に濁点を打ったような、耳なれない言葉で泣き叫んでいる。

俺らは慌てて助けようとしたが、所詮は子供の浅知恵、バケツを投げ入れそれを被るように指示を出す始末。
その中に溜まった空気を吸ってればなんとかなると考えたんだろう。子吃ってホント無邪気だよね。人の生死がかかったときでもわくわく実験気分なんだから。

そんなことしてる間も見る見るウジタくんは沈んで行き、もうダメだと諦めムード漂う中、胸の辺りまで泥に埋没してよーやく止まった。

しかしあんな深い田んぼってあるんだな。

今考えてもどうやって苗を植えてんのか不可解でしょうがないんだけどさ。なんか特殊な農法とかあんのかな?
俺は水の上を歩く「忍法水グモの術」が有力だと思うんだけどね。

みんなはどう思う?

田んぼがあともうちょっと深かったらそのまま人柱になっていたウジタくんを引き上げると、胸から下だけが黒人になっていた。

九死に一生を得たウジタくんはそれでも強がって、俺らに向かってこう言い放ったのだった。

「わ、3分ぐれえだら止めでも平気だったばってな、息」

(つづく)


 #7  空虚編(後編) 2001/9/23

 

九死に一生を得たウジタくんを介抱した後、俺らはさっそくザリガニ漁にとりかかった。

先ほどの一件で、田んぼに踏み込み網で泥ごとすくう漁法は大変危険をともなうことが発覚したので、煮干しやサキイカをくくりつけたビニール紐で、ザリガニを一本釣りする漁法を適用。 

ロケーションこそ違うが、これはサイパンの海で松方弘樹がカジキマグロを釣り上げるときと同様の漁法である。

そんなこんなで田んぼに紐をたらして数分。

これが驚くほどの入れ食い状態!

だって紐を引き上げると、糸に括りつけたエサに大量のザリガニがウジャウジャと生ってんだよ。

最初に見たときは、マッド・サイエンティストの歪んだ動物実験(薬品投与・異種交配・遺伝子操作)の末に誕生した異形の生命体が釣れたかと思って、金玉がきゅーっと収縮されたもん。

ジェットコースター乗ってて急な下りにさしかかったときみたいに。

その後もザリガニは面白いように釣れ、俺らのバケツは赤黒い殻の泥臭い生き物で溢れ返った。
底なし田んぼに吸い込まれ、首から上と下でくっきりカラーリングが別れてしまったウジタくんも、元来のアッパーぶりを取り戻し、「はじめ人間ギャートルズ」のオープニングのような雄叫びをあげ、狂気乱舞してた。
帰りの道中もウジタくんはゴキゲンで、大きくなったらハンバーグ(お湯であっためるやつ)を毎日腹一杯食べるんだという夢を、屈託なくそしてジョウゼツに語るのだた。

そして話はここで一気に3日後にワープする。

友人諸氏でウジタくんの家に遊びに行った時である。

両親が共働きのウジタくんの家は、当時俺らが気兼ねなく遊びに興じれる社交場の一つになっていたのだ。しかもウジタくんは長屋住まい。
長屋は少々のおイタ(ついつい家の中で爆竹で遊んでしまったり、ついつい部屋で墨汁をぶちまけてしまったり、ついつい廊下にウシガエルを放しドッグレースをやってしまったり)にも慣用である。

長屋は火付けと泥棒(生活費と食料)以外なら、おおよそのことが許される夢の国なのだ。

そんなグッド・タイムを過ごしていたらいつの間にかお昼刻。
皆は一旦家に昼飯を食べに帰った。
俺は居残ってパンを買って食べた。
ウジタくんはお母さんが用意してくれた弁当だ。
「お昼のワイドショー、夏休み特別企画・あなたの知らない世界」を2人で見て「怖じゃあ、怖じゃあ」と言いあいながら、それぞれなかよく昼食をとっていた。
そのときである。

俺は見てしまったのだ。

「あなたの知らない世界」より、もっと知らなくてもいい世界を。

ウジタくんのアルミの弁当箱の中には、エビにしてはハサミがでかく、ロブスターにしては細身の、赤黒い殻のついた泥臭い天プラ状のおかずが、7〜8匹鎮座していたのだった。


  #8  クリトリス・イヴ。 2001/12/20



それは何かがおきる予感。

たとえそれが町内の子供会のクリトリス・パーティーと て例外ではない。
クリトリス・ケーキの持つパワー・エナジーに、クリトリス・ハイになった子供たちは急激に先祖返りをおこす。

さして美味くもないサンタ型の砂糖菓子をめぐって、ベア・ナックルのぶん殴り合いを始めたり。
火のついた蝋燭をオモチャに、畳に引火させボヤ騒ぎを起こしたり。
その蝋燭からしたたり落ちるロウを己の皮膚に一滴二滴と垂らし、一足飛びの性の目覚めを経験したりと、子供たちは野に解き放たれた凶暴な野獣と化すのだ。

あのときのキクチヨギジロウくんもそんな一人だった。

観光客を襲う日本猿の様な顔つきで、骨だけになったターキーに一心不乱にむしゃぶりついていたヨギジロウくんは、クリトリス・ツリーのきらびやかさに魅入られたのか 、突如、活字再現不可能な雄叫びをあげてツリーの電飾にとびかかった。

赤や黄色や緑色に点滅する電飾と戯れるヨギジロウくん。
その行動原理は、おそらく本人すらも理由づけなどできなかっただろう。
それくらいクリトリス・ハイというのは、ドラッグによるトリップと酷似しているのである。
そしてその理由なきテンションは信じられない顛末を迎える。

恍惚となったヨギジロウくんは電飾にかみつき、それを力任せに食いちぎったのだ。

その瞬間!
「バヂヂっ」という音とともに、ヨギジロウくんはかつてのサザエさんが次週予告で食べ物を喉につまらせたときとまったく同じ言葉、「ンガ、ググ」という言葉を発してエビ反った。

感電したのだ。

人が感電するのなんて、アニメ以外で初めて見た。

失神し、ビクン、ビクンと痙攣を続けるヨギジロウくん 。

楽しいパーティーは一転し、会場の公民館は地獄絵図と 化した。
つんざく悲鳴、こぼれるジュース、踏みにじられた鼻メ ガネ。

動転し、気つけにとヨギジロウくんにブランデーをコップに二杯も飲ませた町内会長(これが遠因となり、その後 失脚)騒ぎに乗じ、他人のクリトリス・プレゼントをポケットに入れた子供(これが遠因で、その後学級裁判)「これだばメリー・クリトリスでねくて、メリー・クルシミマスだべな」凄惨な状況になっているにもかかわらず、ゲラゲラ笑いながらそう言った好色そうなおばさん(これが遠因となり、その後町内を追われる。この三人にも深いドラマあり。 その辺の詳しい話はまた今度)
  
幸いにもヨギジロウくんは命に別状なく、事なきをえたのだが、この事件を目撃した幼き日の子供たちのその後の人生には、よくも悪くも、少なからず影響を与えたことだろう。
かくいう俺もその一人。

俺がこの日のクリトリスで学んだ事はただ一つ。

人が感電しても、ガイコツ状のシルエットは見えないんだということだった。

おわびと訂正・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

本文中にある「クリトリス」は、すべて「クリスマス」 の間違いでした。
おわびして訂正させていただきます。


(C) sanpei mihira   http://www.butaman.ne.jp/~animekai


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