渡辺正 連載コラム #2

フジヤマで売ってないレコードたち。


peter,paul and mary/the best of (東芝音工/LP)

中学だか高校だか定かではないが、近所の幼馴染の3人でバンドを組んだ。

学校終えて、家に着くと、「たーちゃん、やろうよ」と、誘われる。友達3人、ガットギター片手に近所の川辺に集まった。私はギターを買えなかったから、ヴォーカルだ。自分で決めた、文句は言わせなかった。昔も今もわがままなんだ、きっと。貧乏に負けなかった男の中の男は、この私。

本当はエレキバンドをやりたかったんだけど、自分でギター買えない分際で、エレキ買え!とも言えずフォークバンド。当時の東京下町は、まだまだ貧しかった。友達は、エレキといえば加山雄三かベンチャーズしか知らなかったから、私のやりたかったアニマルズは無視され、ジョーン・バエズやブラザース・フォアなんか歌ってた。当時の私はFENばっか聴いてたから、知識はそれなりに入ってたので、あれこれ勧めてロックをやる作戦に出ていたんだけど理解してもらえず。どうやらハーモニーの綺麗なバンドをやりたいらしい。普通ならここでバンド解散てなことになるんだろうけど、バンドは楽しかったし、友達は気が合ったし、なにより当時は貧しかったから、遊びとしてのバンドごっこは、なにかクリエイティブに思えた。

ある日、友達がPPMのレコードを持ってきた。しかも、LPだ、私達はシングル盤しか買えなかったのに、だ。
ハーモニーが確かに綺麗に思えたし、当時は「パフ」のヒットこそあれ、マニアックに思えたのは、いかにも下町の貧乏な狭い世間に生きていたからかも知れない。皆のやらない曲をやりたかった私は、少し嬉しかった。思い返すと恥ずかしいが、当時PPMは僕達の間では充分にロック的だったのだ。反戦の歌ばかりなのに意味も解らず、コピーして歌ってた。のんきな少年達、しばらくは練習に明け暮れた。川辺のひんやりとした匂いをたまに思い出す。いい時代だったと思う。のんきで。

「ドント・シンク・トワイス」が好きだった。初めて歌詞を訳してみた。そして、3人とも押し黙ってしまう。もっと、のんきに楽しみたかったように思う。

あれから、その友達とも疎遠になり、PPMのこともすっかり忘れていた。先日、三宿の古本屋で、その友達が買ったと同じアルバムを発見して、懐かしさの余り買ってしまった。私も当時、買いたかったけど、買えなかったそのLPに針を落としてみたら、同じ個所で、同じ傷ノイズが入ってた、もしかして、これ何十年も前のアイツのレコードだったりして。

2001/4/11


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