渡辺正 連載コラム#38

フジヤマで売ってないレコードたち。


bobby bland/two steps from the blues ( duke/LP)

レコードのバーゲンというものでレコードを買った事が無い。

安く買いたいのは山々だけど、人ゴミの中に突入するのが嫌なのである。やる気のない店で、客のいない閑散とした中を、あてもなくゆらゆらと、レコードを見て買うのがいい。汗臭く買うもんじゃない、音楽なんて。

出会いが大事ですね、レコードは。

とはいえ、例外というのも世の中長く生きてると否応無く経験してしまうもので、この盤は30年ぐらい前に金沢のどっかの家具屋の「バーゲン」で買った。

だいたいが家具屋で買った、ってのがなんかインチキ臭くミステリアスだが、お伽噺のはじまりはじまり。

大学の先輩の卒業制作映画の手伝いだかで私、なんと俳優としてロケ先の金沢にいた。その映画は完成したが見ていない。○越さんという一つ上の先輩だったが名前も思い出せないでいる。すみません、今になって白状しますが、その山田洋次みたいな本に乗れなかったんです、私。でも先輩はいい人だったから快く参加させて頂いたけど、当時はストーリーよりもコンセプト先行の少年だったから、実は辛かったのね、芝居してて。すんまそん。

やる気の余り無い俳優は、凄かった。昼飯おごってもらった上に「渡辺はいい俳優になれるよ、いい顔してるし」なんて誉めてくれてるのに、蒸発。初めて来た土地だから訳も分からず散歩という名の逃走、この俳優いまだに散歩好き。しかも路地好き、30年経っても路地好き。

表の大通りを避けて路地裏という路地裏を歩いてたら、電信柱に「レコードバーゲン開催中」の張り紙ひとつ。人出のある大通りならまだしも、シモタヤ風の民家がポツポツとある程度のうらぶれた横丁の電柱に「バーゲン」だと。やる気があるのか無いのか理解不能に陥るが、なんか志は高そうだ、なかなか電柱には貼れないもんだバーゲン告知。探し猫じゃあるまいし。きっと優しい店なんだ横丁に張り紙なんて。そんなだから、好きで集めたレコードばかりなんだろう、レコードそのものより、その店を見たくなった。蒸発中だし、優しさに飢えてるの、ボク。

張り紙にあった場所に行くと、なんと家具屋さん。レコード屋がバーゲン会場として、大きな家具屋の一角を借りてるのかと思ったが地方のやる事は大胆。レコード屋じゃなくてレッキとした家具屋さんのバーゲン。ソファやキャビネットが30%OFFセールの中で、当たり前のようにレコードコーナーがありました。凄い、あの張り紙にはレコードバーゲンとしか書いてないのに家具バーゲンじゃないのこれ。それともレコードも家具なのか?サテイの目指したものは金沢で成就してたでちゅ。

こういう出会いはそうない。

絶対に買うぞ!こんな素敵で、おかしな時を逃すもんか。買いたいものが無くても、なんか買うぞ。そう蒸発少年は心に決めたはずである。やけに足取り軽かった。

ブルースやソウルのレコードばかり6ケースくらいあったが、普通のレコードえさ箱じゃなくて、立派なリビング用のキャビケースに収まってるとこなんざ、さすが家具屋さんだ。ワクワクしたなァ。
インク・スポッツやマジック・サムなど、いかにもご主人の趣味が分かってしまう在庫で、誰でも買いそうなものを売って来たんじゃない店のあり方が、やはりとっても志し度高し、細川たかし。

ボビー・ブランドのこの大名盤をカウンターに持ってくと、ご主人の言うセリフがいい。

「これ売りたくないなあ.....思い出あるんだよね、コレ」

思わず笑ってしまったが、「その思い出はいい思い出ですか?」と、今にして思えばなかなかにシャレた会話をしたものだが、どうやらネガティブなものらしく、ご主人首を横に振ります、ちょっとの間があって「不幸ともども僕が買いますよ」と蒸発少年にあるまじきキザなセリフ。

でもって、今だに不幸のままなの?この私。

2002/5/16


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