渡辺正 連載コラム #48

フジヤマで売ってないレコードたち。


eddie holman/lonely girl ( abc/LP)

70年代前半のソウルはなんといっても、甘い甘いファルセットヴォイスの男性ヴォーカルに限ります。

他愛のない「好きだ、抱きたい、行かないで」程度のヤツを、死にそうなくらい甘くやるもんだから恥ずかしさを通り越して、まんまと気持ちいい。

エディ・ホールマンのこのレコードは、もう何遍聴いても切なくなって私の「ロンリー・ガール」探しに外へ出たくなる。外へ出たところでナンパするわけじゃないけども。実は私、ナンパされた事がある。

笑ってくれていいよ。

30代半ば、友人4人でドライブ旅行。
貧乏人がろくでもないのは、一流のホテルに泊まってみたいと思う事かな。おしゃれして、日光の金谷ホテルに泊まろうという、それだけの為にポンコツの70年式コルベットに乗って、モスグリーンのへちま襟スーツなんか着こんじゃって....。女の子は、なんちゃってヘップバーンで、絹のスカーフなんか頭に巻いてキャッツアイのサングラス。とっぽい私らではあったが、もう一組の友人カップルがいけません、毛玉の着いたわびしいウンコ色のセーターの男と、ケミカル・ウォッシュのジーパンの女。嫌になりますこの二人。どっちもどっちの勝負でしょうが、テーマは「おしゃれして、非日常のドライブ」なんだから、その答えが毛玉とジーパンじゃ、その美的感覚と遊び心を疑うこと山の如し。

どうにも不似合いな2カップルではあったが、ホテルで気取って鱒料理を食べてたところで事件は起こった。

なんちゃってヘップバーンと私が、酒を飲む飲まないでプチバトル。せっかくだからと、お洒落にワインたのんだヘップが速攻で酔っ払い、私に盛んに「飲め!飲め!」と、まるで忘年会のオヤジ状態。しまいには「あたいの酒が飲めないの?」とくる。飲んでもよかったが、こういう女子だと思わなかったから白けてしまい、断ったら手酌はじめた。もうダメ、お洒落じゃないこの女子。

着替えに手間取って、遅れて私達のバトルテーブルについた毛玉男とジーパン女に、釘付けになった。

ドレスアップしてる。

男はまあ、普通のスーツだが、問題はジーパン女の方。胸がドッカーンとあいた黒のイブニングで、真珠のネックレスなんかしてる。参った!着替える作戦だったのね、「おしゃれ戦争に敗北」の旗あげました。ふと隣見ると、だらしなく酩酊一直線のなんちゃってヘップバーン。

酩酊ヘップを部屋に運び、3人でゆっくり食事の続きをしようとダイニングに戻ろうとしたら、廊下の曲がり角からイブニングちゃんに後ろから抱きつかれて、一言。

「前から好きだったの、よければ付き合って下さい」

ビックリしたな、大胆で。

この一件から、旅行は4人が探り合いのような空気が充満したのは言うまでも無い。

付き合っていた訳でもない「なんちゃってヘップ」を外観の良さだけで誘ってしまった失態に後悔したのも言うまでも無い。ドライブ終了までイブニング嬢が気になって仕方なかったが、酩酊ヘップに仁義を守った。男としてのプライドだから。

家に戻ってロンリー・ボーイが「ロンリー・ガール」を聴く。切なかったなぁ。あれから十数年経ってるのに、イブニング嬢からの連絡はない。

2002/10/13


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