渡辺正 連載コラム #67

フジヤマで売ってないレコードたち。


何でかしらないが、思いもしなかった旧友の事が脳裏をかすめる時がままある。

高校の同級生だった「直井君」という名前だったと記憶してるが、名前も定かに思い出せない程だから卒業後一度も再会していないし気にも留めない彼の存在。賢くてモダンな油絵なんか描く人だったが、不思議なムードを持っていた。

遊侠街の柳橋にある彼の実家といってもマンションだが、高校卒業前に遊びに行った事がある。とりたてて仲がよかった訳でもないのになぜ遊びに行ったのか、誘われたのかも知れないが、今となってはわからない。分かっているのは彼の「存在の不思議さ」に興味があったからというのは、なんとなく覚えている。自分と違うモノを発散する彼に、好き嫌いを通り越しての興味だったように思う。

彼の部屋でツェッペリンの2枚目を聴いた。

大音量。ジミー・ペイジのギターが左右のスピーカーを交叉して頭がグラグラしたし、壁が揺れていた。彼は言う「ツェッペリンは世の中を変えるよ」私は当時ジミヘン病だったから冗談はよしこさんな気分だったので、黙ってた。そんなことよりも、この大音量の方が世の中変えそうだった。普通のマンションでこんなデカイ音でステレオ聴く奴初めて見た。

多分正しいロック・リスナーの姿と思うから、訳もなく尊敬した。彼は正しい。

学校では地味で目立たない一人である彼は、自分の世界では暴力的に凄い。なにか、彼には逆らえないオーラを感じた。レコード両面を押し黙ったまま聴いてのち、ジーンとなった耳に信じられない言葉を聞く。

「トイレは洗面台でしてね」

私はトイレがあるのに「なんで?」とは問わなかった。へそぐらいの高さにある洗面台で苦労して用をたした。うんこの場合はどうするのか、聞いておけばよかった。彼なら微妙な方法があるのだろう。オシッコを済ませると笑いもせず彼が言う。

「過去の常識を打ち破るのだ!」と軽く拳を突き上げた。

やっぱりヘンだった彼と別れて、両国のレコード屋でツェッペリンの1stアルバムを買った。自分ちに戻りチッチャイ音で、なんだ洒落たブルースじゃないかとうなずいて、トイレも普通に済ませた。彼にはかなわない・・・と、ちょっと笑った。

2003/10/27


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