第328回
SOLID AIR の巻

the原爆オナニーズは、1983年3月下旬にギターの良二雄と入ったばかりのドラムの達也が、ミチロウの誘いで、THE STALINに加入することになったことで、解散状態になった。

個人的には、”バンドは2年で解散する” という考えを持っていたので、NEURONで約一年、再結成した原爆で約一年経過したので、”まあ、このあたりで終わりかな” と思っていた。

ただ、ゴールデンウィークに ”京大西部” のライブが決まっていたので、そのライブはやりたいと思い、助っ人を探すことにした。
どうせやるんだったら、”格好良いメンバーを” との思いから、名古屋で唯一 ”モヒカン” を決めていたパンクスは誰なんだろうとなり、周りの友達に ”知らない?” と訊いていくと、すぐに名前と電話番号がわかった。
そこで、速攻で連絡を取り、スカウト。

それが、シゲキ。

ギターが弾けるというので、ギター確定。
ドラムは、レジスタンスの安井くんに助けを頼んで、練習を重た。

それまでの原爆のサウンドは、NEURONの延長線上にあり、5分から10分ぐらいのインプロ中心のライブを展開していたが、メンバーが変わったことで、良二雄の作った曲から、エディが作る短めの比較的ノリの良い曲に全面的に変更。

3週間ぐらいで、10曲以上作り上げ、京大西部のライブに臨んだ。

この時点で、バンド名を変えることも考えたが、そのライブは告知がすでになされていて、the原爆オナニーズのままでやることにした。

なんたって、ノリでついているバンド名なので、まあ、バンド名なんていつでも変えることができるから、難しいことは考えていなかった。

この日のライブは、しのやんが ”よかったわ” って言ってくれたこともあり、自信を持つことになった。

6月のライブも入っていたので、なんとなく ”もう少しやろうかな” っていう気分に。
安井くんとは、京大西部のライブだけの約束だったので、ドラムを探すことに。
シゲキがマコトを連れてきて、ドラムが決定。
マコトになって初ライブは、6月5日(日)に京都の拾徳で、コンチネンタル・キッズと。

けーやん(K-SHUKU)と初めて会ったのは、多分この日だと思う。
その直前に、”京大西部で見てよかったから、7月に大阪に呼びたい” と電話で連絡をもらっていたはずだ。
連絡先は、”コンチのランちゃんから聞いた” と言っていたような気がする。
第一印象は、はつらつとした頭の良い元気な女の子。
ものごとを、端的に表現するところに、好感を持てた。

そして、7月30日(土)大阪寺田町にあった ”スタジオ・アヒル” で彼女の企画『SOLID AIR』に出演。ZOUO、アレルギーと一緒にライブを行った。

この日は、いろいろなことが一気におこり、楽しかった。
まず、名古屋のパンクバンドをあまり心地好く思っていない大阪のパンクスを、けーやんが説得したらしい(これは、後から教えてもらった)。

次に、林くんを紹介してくれた。
ZOUOは、チェリーが友好的に接してくれたため、今につながる友情が育まれた。
アレルギーは、U子が北海道出身ということで、同じく北海道出身のシゲキと和気あいあいと会話を弾ませていた。

おそらく、この日のライブが楽しくなかったら、次に大阪に行くことも無かっただろうし、この後のバンド活動も無かったかもしれない。
個人的には、この日が、バンド活動のターニングポイントだったような気がする。

”バンドって楽しいじゃん”

ここで一気に、けーやんとバンドの距離も縮まった。
翌日の京都サーカスサーカスでのアレルギーとのライブにも帯同してくれた。

『SOLID AIR』には、10月、翌年2月、5月、7月と、けーやんがEGGPLANTを立ち上げる直前まで出演した。

我々の初単独作品『JUST ANOTHER the原爆オナニーズ』の製作時、けーやん(K-SHUKU)はすごく貢献してくれた。
なんたって、ジャケット写真のMakeUpをランコさんと一緒にやってくれた。
クレジットには書いてないけど、写真撮影のアシスタントもやっているはずだ。
場所は、京大西部だ。

どのような経緯で撮影場所として使えたのか、はっきり覚えていないがランコさんが手配してくれたと思う。
寒い冬の夜に裸になって身体を白く塗りたくって、みんなで講堂内を走ったり、ポーズを決めたりした。
レコーディング前に名古屋の熱田神宮にお参りに、一緒に行った記憶もある。

1983年6月に出会ってから『JUST ANOTHER the原爆オナニーズ』レコーディングまで、関東を除くほぼすべてのライブにリハから来てくれて、いろいろ手伝ってくれた。
”リハの方が良かった”とか、まだバンドとして迷っていた時期に、率直な意見をくれたものだ。
出来上がった『JUST ANOTHER the原爆オナニーズ』の1番はK-SHUKUに、そして、666番は林くんに。

けーやん(K-SHUKU)がいなければ、アルケミーとアルバム作りをすることも無かっただろうし、今のようにバンド活動を続ける事ができなかったかもしれない。

最後に会ったのが、2025年5月5日、”EGGPLANT同窓会”主催の 「GATHERING 2025」 なのも、けーやんらしい。

初期から、the原爆オナニーズを一緒に見守ってくれた、ランちゃん、林くんのもとに、2026年6月17日に けーやんも旅立ってしまった。

私は、まだまだ、頑張るね。

2026/8/3


ライブのお知らせ

BECOMING THE 原爆オナニーズ LIVE !

 
レコ発ライブをやります。

8月22日の梅田クアトロのライブは2部構成にします。
1部はレコ発ライブ。
2部はスタジオ・アヒルの『SOLID AIR』に出演していた当時のセットリストでみんなに喜んでもらおうと思います。



8月22日(土)大阪  梅田クラブ・クアトロ

『BECOMING THE原爆オナニーズ LIVE !』
出演:the原爆オナニーズ、ゲスト:THA BLUE HARB
開場 16:00 /開演 17:00
前売り 3,500円、当日4,000円(ドリンク代600円必要) 
お問い合わせ先

梅田クラブクアトロ:06-6311-8111


2027年3月6日(土)新代田 FEAVER

『BECOMING THE原爆オナニーズ LIVE !』
出演:the原爆オナニーズ、ゲスト:自爆
詳細は後日