第12回
カメストーリー 2


そう、そう。カメの話。

小学校1年生の時、私は学校までバス通学だった。
私が帰ってくる時間に、母は毎日バス停で待っていた。夏は日傘をさして。

ある日、いつものようにバスを降りると、母は日傘をささずに手に持っていた。
しかも、恐ろしく慌てた様子で「ゆかちゃん、はよかえろ。」と言う。
どうしたのか聞くと、以下のようなことであった。

バス停の横の道には、ちょっと深めの水路が通っていた。
何げに水路の底をのぞいた母は、見つけたのだ。カメを。
「ほしい...」と彼女は思った。

しかし、底までは手が届かなかった。

そこでまず、さしていた日傘ですくうことを思い立った。
躊躇せずに日傘を逆さまに突っ込んだが、思ったほどうまくはいかず、カメはすくえなかった。
しょうがなく母は水路の底に降り立った。スカートのまま。
そしてカメを手に、水路からはい上がった。

「お母ちゃん、そのカメはどこにいんの?」と尋ねた私に母は、持っていた買い物カゴを見せた。
昔よくお母さんがたが持っていた、籐仕立て風の、しかし実はビニール製のまるっちい買い物カゴだ。
まるでオーダーメイドのように、カメは見事にその買い物カゴ通りの形と大きさで、ぴったり中に納まっていた。

つまり、かなりでかいカメだったのだ!!

買い物カゴの取っ手がカメの体重で切れそうだったので、母は焦っていたのだ!



それからしばらくカメは我が家にいた。…はずである。
何せ、幼い時代にはいろいろと新しいことが起こるので、何事もない日常は全部覚えていられないのだ。

覚えていないということは、おそらくカメも平和に毎日を過ごしていたに違いない。

2004/5/25

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