第10回
最後の夏の使者逝く


「最後の」ったって、2匹しかいなかったんですけどね。
そう。ブータンです。去年、夏の初めに拾ったノコギリクワガタのメス。

ツノがでかくて動きが派手なわっくんに比べると、ブータンは夏の間もほとんど木屑の中にもぐってばかりだし、そんなにしょっちゅうエサを食べるわけでもないし、地味で目立たない存在ではあった。でも私にとっては可愛い可愛い「うちの子」だった。

ブータンは、虫箱のフタを開けたり物音をさせたりすると、怖がってすぐに木屑に潜っていた。それも、一瞬でも早くもぐらないと命があぶないぞ、と思っているような、バタバタとした動き方である。「こわいこわいこわいこわい」とか「やだやだやだやだ」と言っているような行動だった。

しかし、わっくんが盛んに脱走を企てている頃のこと。ある日気づかれないようにそーっとのぞくと、ブータンは寝かせた木の枝の上で何やらもぞもぞとおしりを動かしていた。何してんだろーと思ってしばらく見ていると、バッ!と羽を広げ、次の瞬間!

飛んだ!

ブータンは人知れず飛ぶ練習をしていたのだ。その一生懸命な仕草のなんと可愛いこと。その後も、夜人間が寝静まってしーんとしている時間にブータンの箱の中ではぶん!という音が時々聞こえていた。

また、ブータンはとっても小さくて、大和ゴキブリよりも小さくて、エサのゼリーよりも小さくて、ゼリーは底辺あたりから食べていた。だから、ブータンのゼリーはだるま落としのような減り方をしていた。食べる速度もとっても遅く、わっくんが3、4個食べる間にやっと1個減るといった具合だった。

虫箱に木の葉を入れてからは常に木の葉の下を歩くので、姿が見えなくても木の葉がぴょこん、ぴょこん、と動くことで、あー歩いてる、歩いてる、とわかる。そして木の葉をぱっと取ると、「あ」といった感じでぴたっと動きが止まるのだ。

しかし、こんなに気が小さくても一応クワガタ。ちっちゃなツノの間に木の葉の茎を入れると、ツノでガッ!と挟む。挟んだままでいるので、木の葉を持ち上げるとブータンが釣れる。そんなことをして遊んでいたのも思い出になってしまった。

それにしてもブータンはよく生きた。

わっくんが逝った10月9日から約2か月経った頃。夕方のぞいてみたら様子がおかしかった。「こわいこわいこわいこわい」も「やだやだやだやだ」も言わない。触るとかすかに足が動くだけだ。もう虫の息だった。だって虫なんだもん。考えてみれば12月。本来ならクワガタが生きている月ではない。

そして12月12日にブータンは逝ってしまった。大往生だ。わっくんもそうだったが、虫は突然スイッチが切れたように死ぬらしい。ブータンも前の日までは順調にエサが減っていたのだ。

なんだか、「大変、大変!ちょっと長く生きすぎちゃった!」と言いながら、手足をバタバタさせてあわてて天国へ向かっていくブータンが見えるようだ。

私にとっての長い長い今年の夏が終わった。


↑ブータンの遺体。生きてるときと全然見分けつかないじゃん!


2004/1/20


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