第5回
それを見た父猫は、一瞬だが「ちっ!」


ついさっきまで飲み屋にいた。隣の席で子供が叫び声をあげ続けていた。

「子供とか動物ってさー、予測しない行動するからおもしろいよねー」と、私。「ゆかさん、子供とか動物じゃなくてもそういうの見ると、おもしろがるじゃん」と、一緒にいた友人。そう、確かにそうだ。

人間というのは、年齢や経験を重ねると、ある程度の予定調和で生きるようになるものらしい。ああすればこうなるはずだ、ああ言えばこう言うはずだ、ああだからこうなはずだ...それでも、いや、だからこそ、予測しない行動を見せられると、つい笑ってしまうのである。

で、第2回(だったかな)の続きだが。
うちで生まれた8匹の子猫のうち、6匹は里親のもとへと去っていった。うちには2匹の子猫が残った。

ある夏の朝、目が覚めると、子猫がいない。母猫がおろおろした顔をしている。父猫はいつになく穏やかにぺーろぺーろとグルーミングしている。窓は開いていた。が、子猫はまだ外に慣れていないので、いつも家の近くにしかいない。はずだ。しかし、その日はいなかった。家の近くにも、ちょっと離れたあたりにも。

何か、父猫の態度がうさんくさかった。心配になって子猫を探しに行った。しかし、どこまで行っても子猫はいない。家からくねくねした住宅街の道をだいぶん歩いたとき、みーうみーうという子猫の鳴き声が聞こえた。必死で名前を呼びながら探した。

いた。

見知らぬ一戸建ての家の駐車場の車の下に。2匹そろって。泣きそうな顔で。

猫というのは慎重な動物だ。しかも子猫である。親猫といっしょでなければ、こんなところまで来るはずがない。父猫がまいたのだ。およそ、人間以外にやるとは考えられない、確信犯で、しかも悪意に満ちた行為。あいつはやってのけたのだ。子猫を抱いて帰った。それを見た父猫は、一瞬だが「ちっ!」という顔を見せた。



その態度に、あまりにしびれた私であった。

2003/5/15


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