渡辺正 連載コラム#31

フジヤマで売ってないレコードたち。


the pop group/for how much longer do we tolerate muss murder? (rough trade/LP)

このポップ・グループのセカンドは、ピストルズに象徴されるロンドンパンクの嵐の後に不穏な空気を運んだ傑作アルバムである。今の耳で聞くとNY派のジェームス・ホワイトに代表される荒削りなジャズファンク(当時はパンクジャズなんて言ってた人もいた)に近いと思ったが、それが時代の空気というものだろう。勿論ジャズじゃない。ダブでもない。ポストパンクとしての時代の音楽。

不穏な空気。

設定のない充満した空気。

嵐の後に半歩遅れて飛び出してくるには、この空気感が新鮮だった。

この空気感は現在のもやもやした不安に異常に近い感覚を抱かせる。爆発出来ない不安と苛立ち。ポップ・グループをよく聴いてた頃に酷似している。と、これはあくまで私の身辺での思惑だから一般論じゃない。

ここ二週間ほど、私「ひきこもり」。人に会うのが辛い毎日。家でこのレコードばかり聴いてた。別段元気が出るわけでもないが、何気なく聴いたらハマッてしまった。なんでだろう。10年ぐらい全然聴かなかったのに。人に会わなくなると、とても不安になるね、でも会いたくないんだ、動きたくないんだ。で、部屋から一歩も出ないでジッとしている。その挙句にさらに不安になる。悪循環。

なんとも訳の解からない不安が高じてくると、辺りの空気が不穏になってくるのが、ぼんやりと解かる。このぼんやりという感じが又気持ち悪いのだ。はっきりせい!と言いたくなる。

そんな時、久しぶりに聴いたポップ・グループ、充満した不穏な音楽。

昔とちょっと違う聴こえ方がした。聴き易くてファンキーでちっともパンキーじゃない。ポップ・グループのカオスより私自身の混乱の方が強くなってしまっているのかも知れない。

神経が病んじゃってるのかと、冷静につとめてみるしかないな、こりゃ。このままじゃヤバイから部屋を出て散歩だな、まず。

まだ大丈夫だ、こんな事思えるんだから。

2002/3/4



コラムindexB.N.