渡辺正 連載コラム#34

フジヤマで売ってないレコードたち。


nara leao/daz anos depois ( POLYDOR /LP)

いつの事だったか、蘭ちゃん(コンチネンタル・キッズのB)が亡くなった時、翌日、京都での通夜には、どうしても行きたかった。

その時、私は手持ちの金はゼロで、店のレジのつり銭3万しかなかった。いや、つり銭も1万くらいしかなかったような気がする。なくても行かなきゃならない時もある。

私にとっての蘭ちゃんは、そんな人なのだ。

6畳のアパートの自室で金目のものを探すが、どうみてもレコードとカメラしか即金になる物がないのは分かっていたので、ニコンFとF3をわし掴みして学芸大にある「三宝カメラ」まで歩いて行って売っ飛ばすが、汚れ状態が悪いからと3万5千円にしかならない。悲しかったが、なにせ告別式だ銭金で悲しんでる場合じゃない。

つり銭1万とカメラ2台の3万5千円で4万5千円。

なんとか新幹線代と香典ぐらいは出来たぞ!その足で京都まで行こうと思ったが、4万5千円というのも微妙に不安だ。めしも喰いたい。

あと1万なんとかしようと、戻ってレコードを選択。勿論売るやつの物色。

聴かなくなってたサンバ・ボサノバあたりのものを、ごっそり15センチ分引っこ抜く私ったら男らしい。吟味してる時間も無いから一気に迷わず。自分で男を見たね、この時ばかりは。

夕方になって来たので急がなきゃ、蘭ちゃん待ってろよ!と東京駅手前の有楽町で降りて「ハンター」へ。その15センチ分のレコードをレジカウンターに置いて「これで1万!」と、せっかち君。

黒の礼服のせっかち君、かなり変な人。それは私。

査定の時間が待てないので先制攻撃したのね、せっかち君。ハンター側のおじさんパラパラとレコードざっと見て「1万以上になりますよ」というが時間がない「どのくらいになりますか」と私。

「ちゃんと査定しますからお時間下さい」とハンターおじさん。いや私が言ったのはどのくらいの時間の事で1万以上あるのは見当がつく。だから1万でいいと言っているのだ。気持ちは京都に飛んでいるのだ、もう。言葉使いも怪しくなってる。

嫌な客だ、しかも礼服、怪しいなぁ、この日の私。

仕事に忠実なハンターおじさん笑ってしっかり査定、聞く耳持たず。待たされたが2万円で買い取ってくれるという。おれは1万あればいいのだ、2万もいらない、そう思ったら急に売りたくないレコードが出てきたのだ。

ナラ・レオンの2枚組フランス録音盤「daz anos depois」

アントニオ・カルロス・ジョビン作満載のボサノバの名曲揃いなのに土臭くヘタクソな唄という、捨てがたい盤。ボサノバにあって洗練されないナラ・レオンの唄、これは売れないな、と実に男を捨てて、勇気をもって売るのを撤回。人生引く事も勇気って威張れる事でもない。単なる優柔不断。

他は売った。

ナラ・レオンのこのレコードを東京駅のコインロッカーにしまい込み、動かぬ蘭ちゃんのいる京都へ向かった。

蘭ちゃんに「渡辺さん、わたしよりナラ・レオンの方が大事なの?」と言われちゃうかな。

2002/4/4


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